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【声明】安保法制違憲・国賠訴訟東京地裁判決に対する声明

2019年11月7日

東京安保法制違憲訴訟弁護団

 言語道断の判決である。

東京地方裁判所民事第1部は、違憲の新安保法制法の制定・施行が不法行為であるとして国家賠償を求めた原告らの訴えを、本日、新安保法制法の違憲性には何ら言及せずに、原告らが侵害されたと主張する権利・利益が国家賠償法上の保護利益にあたらない等という理由で棄却した。

しかし、このような判決は到底受け入れられない。原告らが蒙った損害は、原告らが被侵害権利・利益として主張する平和的生存権、人格権、憲法改正・決定権の侵害である。その審理において、新安保法制法そのものの違憲性と立法行為の異常性についての判断を避けて通ることはできない。この判断を回避し、国家賠償法上の保護利益にあたらない等との理由で原告らの請求を棄却した判決は、原告らの主張に真摯に向き合わず、司法が責務も誇りも捨て去り、行政府・立法府の顔色を窺ってその意向に添おうとした結果と評されてもやむを得ないものである。

最高裁判所は、国会議員による立法の内容が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合には、国会議員の立法行為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受ける旨を述べており(最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁)、原告らは、本件はまさにこのような立法の内容が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害しているとの主張をしていた。しかしながら本判決はこのような観点からの判断を一切していないばかりか、本件侵害行為は「立法行為及び閣議決定であり、それ自体が原告らの生命・身体の安全に危険をもたらす行為とはいい難い」などと述べ、なすべき判断をしないまま請求棄却との結論を導いているものであって、裁判所が予断を持って本判決を言い渡したものとしか考えられない。

判決は、平和的生存権について「平和とは、理念ないし目的としての抽象的概念であり、各個人の思想や信条により、多様な捉え方が可能なものである。また、平和は、個々人の信条や行動のみならず、常に他者との関係を含めて初めて達成し得るものであって、これを確保する手段、方法は、常時変化する複雑な国際情勢に応じて多岐多様にわたり、特定することができない……「平和のうちに生存する権利」との文言から、直ちに一定の意味内容や、これを達成する手段や方法が特定されるものではないから、憲法前文から裁判規範となるべき国民の権利としての具体的な意味内容を確定することは困難であり、憲法前文を根拠として、個々の国民に対して平和的生存権という具体的権利ないし利益が保障されているものと解することはできない」と判示する。しかし、このような「平和」の捉え方は特異なものであって、平和的生存権の憲法規範としての意義を放棄したものといわざるを得ない。これは、本件がこれまで平和的生存権という名の権利が争われてきた多くの事案とは異なり、政府自身が長年に亘って憲法上許されないと明言してきた集団的自衛権行使の容認を問題とするものであることに目をつぶるものである。憲法上の概念は多かれ少なかれ抽象的なものがほとんどであるが、だからといって憲法上の権利についての規定が裁判規範とならないわけではない。本件は、「平和」や「平和的生存権」をどのように解するにせよ、その中核部分が行政府と立法府によって毀損されたことがあまりにも明白な事案であるのだから、上記のような判示には何らの説得力もない。

また、判決は、人格権の侵害の主張に対し、「本件全証拠によっても、当審における口頭弁論終結時において、我が国が他国から武力行使の対象とされているものとは認められず、客観的な意味で、原告らの主張する戦争やテロ攻撃のおそれが切迫し、原告らの生命・身体の安全が侵害される具体的な危険が発生したものとは認め難い」と判示し、さらに「我が国が現実に武力行使又はテロ攻撃の対象とされている」ことを否定した上で、原告らの人格権の侵害がないと判断した。このような判断は、現実に戦争が開始され又は戦争の危険が迫っている状況でなければ人格権侵害が生じ難いとするものであって、これでは、原告らの救済を放棄したものといわざるを得ない。

 

個人の人権が侵害されたとの訴えがなされた場合、これを憲法によって救済するため、その侵害の有無に誠実かつ謙虚に向き合うのが本来のあるべき司法の姿である。この訴訟の原告らは、その経験と良心に基づいて、主権者としてこの憲法に定められた権利を行使し、国の責任を問い、本件国家賠償請求訴訟を提起した。ところが、東京地裁民事第1部の裁判官らは、一見してきわめて明白な憲法違反が問われているこの重大事件に対し、原告らの求める証人尋問すら拒否し、原告らの訴えを一方的な予断をもって切り捨てた。原告らの真摯かつ切実な本件訴えに対し、その応答としてなされた今回の判決は、司法の使命の否定であると同時に、憲法の理念を根底から否定し、戦争へと舵を切ろうとする国策による憲法の破壊・蹂躙に、司法が積極的に手を貸すものといわざるを得ない。

我々は、現政権を忖度してなすべき判断を回避したとしか考えられない本判決に断固として抗議するとともに、これにいささかも怯むことなく、司法が本来の使命を全うしてしかるべき判断を下す日まで全力で闘い続けることをここに宣言する。

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満身の怒りを込めて札幌地裁判決を糾弾する

2019年4月22日 安保法制違憲訴訟全国ネットワーク

代表  寺  井  一  弘

1、本日、安保法制を憲法違反とする訴訟について、札幌地方裁判所民事第5部(岡山忠広裁判長)は主張立証が全く尽くされていないにもかかわらず、唐突かつ強引に審理を打ち切ったうえ差止請求を却下、国家賠償請求を全部棄却するという判決を言い渡した。

その内容は「防衛出動命令等の差止請求は不適法」「平和的生存権は法律上保護された具体的権利ではない」「自らの信条や信念と反する立法等によって精神的苦痛を受けたとしても受忍されなければならない」「安保法の違憲性を判断するまでもない」など空疎極まりないもので、「武力」という最も危険な国家権力の発動を禁止し、国を訴える権利を含む国民の基本的人権を定めた憲法を土足で踏みにじった。そもそも原告の権利や利益の有無について原告本人尋問すら行わず、真摯にその訴えを聞くこともなく判断したことは「事実を認定し、その事実を前提として法律を適用する」という司法の基本的役割を放棄している。

このような判決に関与した裁判官(岡山忠広、根本宜之、牧野一成)は、「司法」の名を借りて、権利の主体であり主権者である国民を愚弄し、民主主義に基づく不可欠な国民的基盤たる三権分立の原理を支えるところの自らの使命を放擲し、内閣及び国会において多数を占める政権与党に積極的に迎合してそれに屈したものと受け止めざるを得ない。このような裁判官によって構成される合議体は、およそ司法という名に値するものではない。

個人の人権が侵害されたとの訴えがなされた場合、これを憲法によって救済するため、その侵害の有無に誠実かつ謙虚に向き合うのが本来あるべき司法の姿である。ところが札幌地裁の裁判官らは、一見してきわめて明白な憲法違反が問われている重大事件に対して、証人尋問はもとより原告の本人尋問すら拒否し、原告・弁護団の訴えを一方的な予断をもって一刀両断に切り捨てた。これは司法にあるまじき行為であり、司法権力の濫用であり傲りである。

2、札幌地裁における原告・弁護団には、集団的自衛権行使の最前線に立たされる自衛官とその家族を、隣人・生徒・学生・クライアントとするものがいる。また、自衛隊基地と生活を共存させてきた人たちも多数いる。北海道は、沖縄や本土とともに、アジア太平洋戦争の犠牲になった。敗戦時のソ連軍侵攻とともに人々が負った傷は甚しく深く、北方領土問題、自衛隊基地問題など政治的・経済的には勿論のこと、北海道は歴史的・文化的・学術的にも、常に「軍事」と「平和」に向き合ってきた。長沼ナイキ基地訴訟や恵庭訴訟はこの札幌の地で争われ、その中で自らの人生を選択してきた戦後生まれの人も少なくない。そして人々の生活はもちろん、教育や福祉も、こうして選び取られた「平和」とともにあった。このように、アジア太平洋戦争を生き抜いた人も、戦後生まれの人も、それぞれの経験から、日常の平和を大事にし、暴力や差別に抗いながら日本国憲法をよりどころにして人生を切り拓いてきた。深瀬忠一北海道大学名誉教授が多大な理論的貢献をされた「平和的生存権」は、長沼訴訟に大きな影響を与えた。さらに2008年の名古屋高裁判決が示すように、「平和的生存権」は具体的権利性を有し裁判上救済されるべき権利として理論的発展を遂げている。「平和的生存権」についての憲法学説は、次の世代に承継されて発展し、今日国際社会で提唱されている「平和への権利」の基礎理論を構築したものとして世界に誇れるものとなっている。

3、こうした憲法の核心ともいうべき戦争放棄を定めた9条が、これまでの政府解釈を全く無視して集団的自衛権行使を容認するものと解釈されたうえ、「戦争法」の異名をもって世間に通用するような本件安保法制によって、自らが、隣人が、教え子が戦争に直面させられることを誰が黙って見過ごすことができるのだろうか。しかも、この北海道、札幌の地においてである。

政府が2018年12月に策定した新防衛計画の大綱と中期防衛力整備計 画は、イージスアショアの配備、いずも型護衛艦の空母化、短距離離陸垂直着陸が可能な F35B の大量購入や長距離巡航ミサイルの導入など、敵基地攻撃可能な兵器の配備により戦争への道をさらに大きく進めた。札幌地裁がこの時期に、迫り来る戦争の危機に一切目を背けて憲法判断を避けたことは、司法の戦争加担に他ならない。私たちは、戦前、司法が治安維持法や軍機保護法など様々な悪法のもとで無辜の人々を弾圧し戦争を推し進めた、あの悪夢の時代を想起して戦慄せざるを得ない。

4、この訴訟の原告らは、その経験と良心に基づいて、主権者としてこの憲法に定められた権利を行使し、国の責任を問い、集団的自衛権を差し止める訴訟と国賠訴訟を提起した。こうした原告・弁護団への応答としてなされた今回の判決は、憲法の理念を根底から否定し、戦争へ舵を切るという憲法の破壊・蹂躙に司法が手を貸すものである。各国が戦争を放棄して国際社会に平和をもたらすためには、各国の憲法に戦争放棄を書き込まなければならない。日本国憲法は、その理想を世界に先駆けて実行し、私たちを国際社会において名誉ある地位に押し上げてきた。十分な審理をしないで平和憲法の破壊に手を貸した札幌地裁裁判官らは、そうした流れに逆行し、日本を戦争へと導く重大な過ちを犯したものとしてその責任を厳しく問われるべきである。ワイマール共和国の崩壊とヒトラー独裁政権の出現の要因として、後世、権力に迎合した裁判官の存在が鋭く批判の対象とされてきたが、本日の判決を下した3人の裁判官も安倍政権による平和憲法の破壊に加担した裁判官として歴史的責任を追及され続けることになるであろう。

この闘いは、これからも控訴審、上告審へと続く。私たちはこの理不尽極まる判決に決してひるむことなく闘い続ける。

5、私たちは、このような札幌地裁判決とこれを言い渡した裁判官に対し心からの強い怒りを表明するとともにこのような司法と裁判官の責任を糾弾し、徹底的に追及していく。

全国で提起されている25の安保法制違憲訴訟では、原告側が申請した宮﨑礼壹元内閣法制局長官ら証人全員を採用した前橋地裁の決定など、今後様々な推移を辿ることになる。

私たちはこれからも平和憲法を死守するために国民市民と固く連帯しながら創意工夫して総力あげて闘い抜くことを決意している。この闘いの目的は、堕落した政治と司法を変え、憲法を国民市民の手に取り戻すことにある。このことこそが世界に誇る憲法9条を持つ国の主権者である私たちの使命であり責任であると確信するからである。

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安保法制違憲北海道訴訟第一審判決に対する声明

安保法制違憲北海道訴訟原告団
安保法制違憲北海道訴訟弁護団

本日、札幌地方裁判所民事第5部(裁判長岡山忠広(代読))は、安保関連法が憲法に違反し、平和的生存権・人格権が侵害されたとして、国を相手に訴えた国家賠償請求訴訟と自衛隊の行動の差止を求めた差止請求訴訟について、前者は原告らの請求を棄却する判決、後者は請求却下の判決を言い渡した。

その理由として、本判決は、国家賠償請求については、原告らの主張する「平和的生存権」や生命身体の安全を含む「人格権」は、具体的な権利性がなく、国家賠償法上保護された権利ないし法的利益と認めることができないこと、差止請求については、原告らが求める差止の対象は行政の行使そのものであり、その行使に対し、民事上の請求としてその差止を求める訴えは不適法であること、また、行政法上の差止請求としてもその要件を満たしていないことをあげる。

しかし、本判決は、安保関連法が憲法に明白に違反していること、日本が戦争に巻き込まれ、テロの攻撃対象となる具体的な危険性があること、安保関連法が実施されたこの3年間、日米の一体化が深化し世界中の紛争に関わる米軍と行動を共にする機会が増え、日本を敵視していなかった国や武装組織が日本を「敵」と見做す具体的な可能性があることを直視しない、極めて不当な判決である。

それだけでなく、裁判所は、原告が申請した本人尋問や証人尋問を一切行うことなく、また一部原告の具体的被害の主張すらさせないまま判決を言い渡したもので、それは原告敗訴の判決をしようという予断を抱いていたものと言わざるを得ない。それは公正な裁判による判決とは到底言えるものではない。

内容においても、原告らの具体的被害を、「自らの信条や信念と反する立法が行われることによって生ずる精神的苦痛にすぎず、間接民主主義の下では社会通念上受忍されるべきもの」などと一蹴し、例えば、いつ自分の息子が命を奪われるかわからないという精神的苦痛だけでなく、親子関係を断絶せざるを得ないというほどの現職自衛官の母親である原告の苦痛、苦しみについても、「いまだ集団的自衛権の行使等として出動命令が出される蓋然性は低く、これら原告の抱く不安や恐怖はいまだ抽象的な不安の域を出ない」などと目を向けようとしないもので、全く空疎な判決である。

さいごに、本判決のように、安保関連法に対し、裁判所が沈黙することは基本的人権の保障を使命とする裁判所の責務の放棄であることを指摘する。

私たちは、裁判所が憲法で保障された違憲立法審査権を積極的に行使することを札幌高等裁判所に強く求めて、直ちに控訴することを決めた。

同時に、札幌高裁では、必ず勝利するために全力を尽くす決意を表明する。

以上

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